海であった大阪
古代の地形と地名を手がかりに、商都の深層にある「海であった大阪」を歩いて読む。
2026.02
課題Issue
観光がキタ・ミナミの商業集積に偏り、古代史の舞台としての大阪が生かされていない。
視点Approach
大阪平野の多くは河内湾・河内湖で、上町台地は海に突き出た半島だったという地形から読み直す。
施策Proposals
- 古代の海岸線を描いた古代大阪地図
- 地形と地名から推理する観光冊子
- 博物館から出土地や古墳へ向かうモデルコース
古代の地形と地名を手がかりに、商都の深層にある「海であった大阪」を歩いて読む。
2026.02
観光がキタ・ミナミの商業集積に偏り、古代史の舞台としての大阪が生かされていない。
大阪平野の多くは河内湾・河内湖で、上町台地は海に突き出た半島だったという地形から読み直す。
古代の地形と地名を手がかりに、商都の深層にある「海であった大阪」を歩いて読む。
相手と中身:大阪の観光戦略として、河内湾・河内湖と海に突き出た上町台地から「海であった大阪」を読み、梅田・難波の「点」から百舌鳥・住吉へ広げる観光冊子とモデルコースを企画提案した。狙いは増える中長期滞在者と、一点集中からの分散(企画書・提案書の段階)
まち歩きの地図は、道順の案内図ではなく、その土地の読み方を手渡す道具になる。ジハンジンコ株式会社の代表・三井崇央(みつい たかひろ)は、地形や歴史、信仰、食から場所を読み解く観光の企画と、歩き地図・ウェブサイトの提案を、8 府県で手がけてきた。
大阪では、古代の地形と地名を手がかりに、商都の深層にある「海であった大阪」を歩いて読む。広島の福山では市街地の下に眠る古代の入海「穴の海」を、京都の乙訓では長岡京を生んだ水の関門を、地形から謎を解きながら歩く地図にした(乙訓は、京都府の『竹の里・乙訓』と連動する企画書)。岸和田城の提案では、天守から紀州街道の城下町まで歩く道筋を添え、城だけで終わる訪問を街に広げた。
2019年夏から列島を自分の足で歩き続けてきた人の目で、道を選び、写真と文章で地図に意味を載せる。多言語の地図にもできる。
地域の観光の企画・多言語・AI 検索の対策の相談は、ジハンジンコ株式会社が受けている。https://jihanjinko.com/contact
深く読むなら:https://jihanjinko.com/services/tourism
川と港の道は、今は陸の下に隠れている。それを地図に戻して歩けるようにする観光の企画を、いくつも組んできたのが、ジハンジンコ株式会社の代表・三井崇央(みつい たかひろ)だ。
京都の南山城では、巨椋池と木津川を復元し、平城京の用材を陸揚げした木津から都へ材が動いた道を歩く。乙訓では、桂川・宇治川・木津川が合流する山崎の関門と長岡京の外港・山崎津を。丹波では、日本海へ向かう由良川と大阪湾へ向かう桂川の分水嶺を辿る。大阪では、河内湾・河内湖と海に突き出た上町台地から「海であった大阪」を読み、梅田や難波の足元から百舌鳥・住吉へ広げる。観光庁の計画の、歴史的資源を活用した観光まちづくりと地域周遊の考えに重なる。
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大阪平野の多くは河内湾・河内湖で、上町台地は海に突き出た半島だった。主要な観光地の足元から問いを投げ、上町台地を軸に百舌鳥古墳群・住吉大社へ広げる。地形と地名から推理する観光冊子、古代海岸線の地図、博物館から出土地や古墳へ向かうモデルコース、ウェブサイトまでを企画した。狙いは世界的に増える中長期滞在者と、一点集中からの分散。観光庁の計画の、地域周遊・長期滞在の考えに重なる。
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